交通事故後にケガの治療を受けるとき「健康保険」を使っても問題ないのでしょうか?
といったご相談を受けるケースが良くあります。

一般的には交通事故後の治療には「自賠責保険」や「任意保険」を適用するので、疑問や不安を持つ方が多いのです。

結論的に交通事故後の治療に健康保険は適用できますし、メリットもたくさんあります。

ただしデメリットもあるので、正しい知識を持っておかねば不利益を受けてしまうケースも考えられます。

今回は交通事故のケガの治療に健康保険を使える根拠や適用するメリットやデメリットを弁護士がお伝えします。

  • 保険会社から治療費を打ち切られた
  • 健康保険を使おうとしたら病院から断られた
  • 健康保険を使うと損になる可能性がないのか知りたい
  • 健康保険と自賠責保険の違いを知りたい

上記のようなお悩みをお持ちの方はぜひ参考にしてみてください。

1.交通事故に健康保険を適用できるの?

交通事故に健康保険を適用できる

そもそも交通事故の治療に健康保険を使えるのでしょうか?

確かに病院によっては「交通事故には健康保険を使えない」と説明するところもあります。
しかし法令上、事故後のケガの治療にも健康保険を適用できます

かつて厚生労働省(旧厚生省)は「交通事故のケガの診療に健康保険を適用できる」という見解を表明し、通達を出しました【1968年10月12日保険発第106号】。

その後も確認的に、厚生労働省があらためて「自動車事故等によるケガの治療に健康保険を使える」という内容の通達を出しています。
そこでは、以下のように、はっきりと「自動車事故は医療保険の給付対象」と言い切っています。

「犯罪や自動車事故等の被害を受けたことにより生じた傷病は、(略)一般の保険事故と同様に、医療保険の給付の対象とされています。」【厚生労働省 犯罪被害や自動車等による傷病の保険給付の取扱いについて(2011年8月9日)】

このように、国が明確に「健康保険を交通事故の治療に使える」と明らかにしているので、否定する根拠はありません
健康保険法や国民健康保険法も、自動車事故や犯罪などの第三者の行為によって保険給付を受けた場合、保険者が損害賠償権を取得すると定めており(健康保険法57条)、健康保険を交通事故に適用できることを前提としています。

 

交通事故後に治療を受けるとき、健康保険を適用するのは被害者の権利ともいえるでしょう。病院が断ったとしても応じる必要はありません。

健康保険が使われた金額は自賠責や加害者へ求償される

健康保険を使うと、健康保険組合や国民健康保険が病院へ7割の医療費を支払います。これについては、後に自賠責保険や加害者へと求償されます。つまり自賠責保険や加害者が最終的な負担者となるのです。

健康保険を使っても事故の相手方が得をするわけではないので安心して適用しましょう

2.健康保険を適用するメリット

健康保険を適用するメリット

交通事故に健康保険を適用すると、以下のようなメリットがあります。

2-1.重過失減額、過失相殺が行われない

自賠責保険を適用すると、重過失減額によって受け取れる金額が大きく減らされる可能性があります。

重過失減額とは、被害者に7割以上の過失があるときに自賠責保険から支払われる保険金が減らされる制度です。

過失相殺とは、被害者に過失があるときに加害者側へ請求できる賠償金を減らされる考え方です。被害者に過失があると、任意保険会社と示談交渉する際に過失相殺が適用されて、受け取れる賠償金を減らされます。

このように、被害者側に過失があると保険会社からは十分な保険金を受け取れず、治療費の一部が自己負担となってしまう可能性があるのです。

健康保険を適用した場合には、健康保険が建て替える部分(7割分)については、重過失減額や過失相殺の概念はありません。7割部分の治療費については全額支払ってもらえるメリットがあります。自己負担の3割の部分については、相手に請求する時に過失相殺を主張されますのでご注意下さい。

2-2.病院窓口での負担額が減る

保険会社から治療費の支払いを打ち切られてしまうと、被害者が自分で病院の窓口にて治療費の支払いをしなければなりません。
自賠責保険を適用している場合、治療費は自由診療となるので金額が高額になります。
自由診療の場合、健康保険の保険点数の2倍程度になるケースも多いですし、10割負担となるためです。

一方、健康保険を適用すると自由診療よりも点数が下がることに加えて、更に3割負担に抑えられるので、被害者が負担すべき治療費の金額は大きく減額されます

2-3.自賠責保険と健康保険、負担額の比較、具体例

自賠責保険と健康保険を適用した場合の負担額を、具体例によって確認しましょう。

自賠責保険の場合

保険会社から治療費を打ち切られ、健康保険を適用せず自由診療とした。保険点数が1点20円、10万点で合計200万円かかり、被害者の過失割合は3割の事案。

この場合、被害者は病院の窓口で200万円を払わねばなりません。
過失相殺が適用されると、後に保険会社へ請求をしても140万円しか返還されません。
60万円の持ち出し(マイナス)になってしまいます。

健康保険の場合

もしも健康保険を適用すると、保険点数は1点10円として計算されるので、治療費は100万円になります。また窓口負担額は3割となるので被害者が支払う金額は30万円です。
被害者に3割の過失がありますが、7割に満たないので重過失減額はありません。
自賠責保険からは30万円全額の支払いを受けられて、被害者の持ち出しはありません。

保険会社から治療費を打ち切られたときに健康保険へ切り替えないと、窓口負担額が大きくなり、後に返してもらえる金額までも減ってしまう可能性があります。

治療費打ち切りに遭ったら最終的な負担額を減らすため、早めに健康保険への切り替えをしましょう。

2-4.高額療養費の制度を使える

健康保険には「高額療養費」の制度もあります。高額療養費とは、1か月に一定以上の金額の医療費がかかった場合、限度額が適用される制度です。
具体的な限度額は所得によって異なりますが、月10万円程度に収まる方が多数となっています(ただし所得が高いとそれより高額になる場合もあるので、詳細は加入先の健康保険組合にてお確かめください)。
どんなに医療費がかさんでも限度額内に抑えられるのも、健康保険の大きなメリットとなるでしょう。

2-5.限度額がない

自賠責保険には、ケガに治療費に関する限度額があります。
具体的には120万円が限度であり、それ以上の保険給付は行われません。
任意保険会社が一括対応をしていても、治療費が120万円を越える頃に治療費打ち切りを打診してくるケースが多々あります。

健康保険の場合、限度額はありません。通院治療にどれだけ長期の期間がかかっても、全期間支払いを受け続けられるメリットがあります。

2-6.自賠責の120万円を有効活用できる

交通事故の傷害に適用される自賠責の120万円の限度額は、治療費のみを対象としたものではありません。休業損害や慰謝料などの損害を含めた「全体の限度額」です。
健康保険を適用しなければ自由診療となるため、治療費も高額になります。すると120万円の限度額に達しやすくなり、十分に慰謝料や休業損害が自賠責保険から支払われなくなってしまう可能性が高くなります。
このように、健康保険を適用されることによって慰謝料や休業損害の部分が増える可能性があるのはメリットとなるでしょう。また治療費が節約されるので、相手方保険会社が支払いを渋る程度も控えめになる傾向があります。

3.健康保険を適用するデメリット

健康保険を適用するデメリット

健康保険を適用すると以下のようなデメリットもあります。

3-1.保険外診療を受けられない

健康保険が適用されるのは、保険診療のみです。
保険適用外の高等医療や先進医療などの保険外診療は受けられません。
交通事故のケガが難しいケースで保険外診療が必要な場合でも、健康保険を適用している限り受けられない可能性があります。

なお一般的なむちうちや骨折などの治療の場合、保険診療でまかなえるケースが多いので、特段の問題にはなりにくいでしょう。

3-2.病院が消極的なケースがある

交通事故後の治療にも健康保険を適用できますが、病院によっては消極的なところも少なくありません。
健康保険を適用すると、点数が下がって保険診療しかできず、病院の収入が少なくなるためです。あるいは「交通事故には健康保険を適用できない」と病院側が思いこんでいるケースもみられます。保険治療を受け付けてくれたとしても、対応が悪くなる病院も、少ないですが耳にします。

4.健康保険を使えないケースとは

健康保険を使えないケースとは

交通事故後のケガの治療に健康保険を適用できないケースがあります。

4-1.労災保険が適用されるケース

1つは労災保険が適用される場合です。
労災保険とは、労働者が「労働災害」に遭ったときにさまざまな給付金を受け取れる公的保険です。
労災保険が適用される場合には労災保険を優先して適用すべきとされており、健康保険を適用できません。

交通事故の中でも、以下のような場合には労働災害となって労災保険が適用されます。

 

労災保険が適用される具体例

・業務中に営業者などに乗っていて交通事故に遭った

・運送会社で車での運搬中に交通事故に遭った

・通勤や退勤の途中で交通事故に遭った

 

なお労災保険にも過失相殺や重過失減額はありませんし、健康保険と違って3割の負担もありません。かかった治療費は全額払ってもらえますし、労災病院で治療を受けるなら治療費は全額労災保険が病院へ直接診療費を払ってくれます。
労働者にとってはほとんどメリットしかないといえるでしょう。
交通事故が労災に該当する場合には、早めに労災保険の申請をするのが得策です。

ご自身ではどのように手続きしてよいかわからない場合、弁護士がサポートいたしますのでお気軽にご相談ください。

4-2.被害者の故意による事故

被害者が故意に交通事故を起こした場合、健康保険の適用はできません。
ただ交通事故を故意に起こす人はほとんどいないでしょうから、極めて例外的なケースに限られるでしょう。

4-3.法令違反の行為による事故

無免許運転、飲酒運転などの法令違反の行為をしながら交通事故を起こした場合にも、健康保険が適用されない可能性があります。
自動車を運転する際には必ず道路交通法の定めるルールを守りましょう。

5.自賠責保険から健康保険へ切り替える手順

自賠責保険から健康保険へ切り替える手順

事故当初は自賠責保険を適用していても、治療費を打ち切られた時点で健康保険への切り替えができます。

以下では健康保険への切り替え手順、流れをご説明します。

STEP1 健康保険組合や自治体へ交通事故の発生を伝える

まずは加入している健康保険組合や自治体へ「交通事故に遭ったので健康保険を使って治療を受けたい」と伝えましょう。
すると、健康保険組合の方から段取りや必要書類などを伝えてもらえます。必要書類は、病院の窓口で貰える場合もあります。

STEP2 第三者行為による傷病届を提出する

健康保険を使って交通事故のケガの治療を受けるには「第三者行為による傷病届」という書類を提出しなければなりません。
「第三者行為による傷病届」については健康保険組合で書式が用意されているので、申請して取得しましょう。こちらも、病院によっては、用意しているところもあります。

健康保険の適用申請の際、以下のような書類も必要となります。

交通事故に健康保険を使うために必要となる書類
  • 第三者行為による傷病
  • 交通事故証明書
  • 事故発生状況報告書
  • 負傷原因報告書
  • 損害賠償金納付確約書・念書(こちらは加害者側が作成します。署名を拒否されたらその旨を記載して提出)
  • 同意書

交通事故証明書は、郵便局からも申請できます。
その他の書類については、被害者や加害者が作成しなければならないものも多数あります。
準備する方法がわからない場合、弁護士までご相談ください。

STEP3 病院へ健康保険の利用を申し出る

書類を健康保険組合や自治体へ提出したら、病院へ「治療費の支払いに健康保険を利用したい」と伝えましょう。

病院側が受け入れれば、特に問題なく健康保険が使えるようになります。
一方、病院側が受け入れない場合には説得をしなければなりません。医師法上の応召義務といって、医師は正当な理由がない限りは診療の拒否をすることができません。
しかし、嫌がっている病院が、患者のためを思う診断書を書いてくれるかどうかは疑問です。
どうしても病院が健康保険の適用を断るなら、別の病院を当たるのもひとつの方法です。
今の病院や医師にこだわりがないなら、健康保険を適用してもらえる病院やクリニックを探してみるのもよいでしょう。

6.健康保険を適用する際の注意点

交通事故の治療でお困りの方はご相談ください

交通事故のケガの治療に健康保険を適用する際には、以下の点に注意しましょう。

6-1.診療報酬明細書を保管する

健康保険を適用すると、窓口で3割の治療費を払わねばなりません。引き換えに診療報酬の明細書を受け取れます。領収書と一枚になっている病院がほとんどです。
後に保険会社へ診療報酬の請求をするときに必要となるので、診療報酬明細書は必ず捨てずにとっておきましょう。

また公共交通機関を使った場合の交通費や自家用車で通院した場合の高速道路代、駐車場代なども後に請求できます。
交通費に関する支払いがわかる領収証やクレジットカードの明細書なども取っておいてください。

6-2.症状固定、完治といわれるまで通院を継続する

交通事故後の治療は、症状固定または感知するまで継続しましょう。症状固定または完治するまでの期間に応じて慰謝料や休業損害が計算されるからです。
自己判断で治療を打ち切ると、保険会社から受け取れる賠償金額が減額されてしまいます。

途中で通院を打ち切ると不利益が大きくなるので、必ず医師から「症状固定」「完治」といわれるまで通院を継続してください。

6-3.定期的に通院する

交通事故後の治療は、一定頻度で定期的に行いましょう。
通院期間が長くても、あまりに頻度が低いと慰謝料を減額されてしまうためです。

自賠責保険では実通院日数が少ないと慰謝料が減額計算されますし、弁護士基準でも治療が長期にわたるケースで通院日数が少ないと入通院慰謝料の減額対象となります。

また通院頻度が低いと「治療の必要性がない」と判断されて治療費すら全額払ってもらえなくなる可能性もあります。

仕事や日常生活で忙しくても、事故後の通院にはある程度の時間を割きましょう。

7.交通事故の治療でお困りの方はご相談ください

交通事故の治療でお困りの方はご相談ください

交通事故に遭うと、被害者と保険会社との間で治療費を巡るトラブルが発生するケースが少なくありません。
特に多いのが、治療費の打ち切りです。事故後の通院期間が長くなると、保険会社が一方的に治療費の打ち切りを打診してきて支払いを止めてしまうトラブルが多発します。
そういったケースにおいては、被害者が健康保険を適用して通院を継続するメリットが特に大きくなるでしょう。

ただ健康保険への切り替え方法やデメリットが心配な方もおられます。病院によっては切り替えに応じてくれないケースも少なくありません。
困ったときには交通事故に詳しい弁護士へ相談し、ベストな対処方法を確認しましょう。

横浜クレヨン法律事務所では交通事故被害者の救済に力を入れて取り組んでいます。事故後の治療や保険会社の対応にお悩みの方がおられましたらお気軽にご相談ください。