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弁護士 鈴木 晶

一般の方々に、わかりやすく法律の知識をお届けしております。
難しい法律用語を、法律を知らない人でも分かるような記事の作成を心がけています。
交通事故に関する様々な悩みを持つ方々のために、当ホームページは有益な情報を提供いたします。

――709条/自賠法3条の選択、判例タイムズの誤解、そして「せり上がり」と同型の構造――

※以下は、交通事故訴訟における主張・立証構造を整理する一般的解説です。個別事件の当てはめ(特に事故態様・証拠関係・争点整理)は事案ごとに変わります。

この記事でわかること

  • 交通事故の過失相殺の位置づけがどのようなものかわかる

「請求原因は原告、過失相殺は抗弁だから被告」だけでは足りない(①)

交通事故の過失割合をめぐる議論で、しばしば次のように理解されます。

  • 請求原因(不法行為の成立)は原告(被害者)が立証
  • 過失相殺は被告(加害者側)の抗弁だから被告が立証

もちろん、立証責任(立証に失敗したときの不利益)の大枠としては、加害者側が被害者過失を根拠に減額を主張するなら、そこに相応の責任が生じる、という方向感はあります。民法722条2項も、被害者に過失があるときに裁判所が斟酌して賠償額を定め得る旨を定めています。

しかし、交通事故(特に709条構成)では、「請求原因の主張(事故状況の具体化)」そのものが、過失相殺の評価根拠事実を“同時に”供給してしまうことが起きます。
このため、単純に「請求原因=原告/抗弁=被告」と割り切ると、実務の争点整理や主張設計を誤りやすいのです。

請求原因は“事実に基づく”ので、事故状況を出した時点で過失相殺の評価根拠事実が混入する(②)

要件事実の世界では、法律効果(権利の発生・障害・消滅・阻止)を導くために、当事者は**法律要件に当たる具体的事実(要件事実)**を主張する、というのが基本です。最高裁(司法研修所教材)も、要件事実を正確に把握することが、無駄のない争点整理・集中証拠調べの前提になることを明確に述べています。

Supreme Court of Japan+1

ところが交通事故(特に709条)では、要件事実(過失等)の“裏側”にあるのは、結局、次のような事故態様の具体的事実です。

  • 車対人か車対自転車かなど
  • 進入態様(直前横断・飛び出し等)
  • 道路状況
  • 危険回避可能性

そして、原告が709条の請求原因として事故状況を具体化していくほど、その中に過失相殺(被害者過失)の評価根拠事実が(不可避的に)含まれていく
ここに、交通事故特有の「混入」が生じます。

過失相殺は「抗弁」的に見えても、裁判所の斟酌(職権)と立証責任は分離している(①の核心)

(1) 裁判所は“職権で”過失相殺し得る、しかし…

交通事故の過失相殺は、当事者が「過失相殺する」と法的評価を叫ぶかどうかとは別に、訴訟資料に表れた事情を基礎に裁判所が斟酌し得るという整理が繰り返し語られてきました。

たとえば、民法418条(債務不履行領域)について最高裁は、裁判所は債務者の主張がなくても職権で過失相殺できるが、債権者過失の事実の立証責任は債務者が負うという趣旨を判示したと紹介されています。(交通事故は不法行為なので条文上は722条2項が直接根拠ですが、「職権斟酌」と「立証責任」の分離という構造理解の素材として参照されがちです。)

また、民法722条2項についても、大審院判例として、過失相殺は賠償額に影響する事情であり、裁判所は訴訟に現れた資料に基づき職権で斟酌し得る一方、立証責任は“被害者に過失がある”と主張する側にあるという方向の整理が示されています。

(2) だから「抗弁だから被告の話」では終わらない

ここでの重要点は次です。

  • 立証責任(最終的に不利益を負うのは誰か)
  • 当事者がどの時点で、どの範囲の事故態様を主張し、どんな証拠を出すか(実際の訴訟戦術)

この2つは一致しません。
原告が請求原因を組み立てる過程で事故態様を詳述すれば、被告はそれを“過失相殺の素材”として利用できる。立証責任の所在がどちらか、とは別次元で、です。

請求原因段階で、相手に抗弁事実の情報を与えてしまう――要件事実学の「せり上がり」と似た構造

これは要件事実学でいう「せり上がり」と構造がよく似ています

  • 本来は「請求原因(権利発生)」だけを立てたいのに
  • 請求原因を立てるために具体化した事実が
  • 結果として相手方の「障害・阻止(抗弁)」の素材を先に開示してしまう

交通事故の709条請求では、事故態様の具体化がそのまま「被害者過失」の素材になりやすく、原告が“請求原因を立てるために”書いた事実が、被告にとって“防御(減額)カード”になる、という「せり上がり類似」の現象が起きます。

自賠法3条で立てると「過失原因事実(事故態様)」の主張が原則として軽くなる

自賠法3条(運行供用者責任)は、条文上、自動車の運行によって他人が死傷したことを中核に、運行供用者側が免責要件(一定の注意・被害者または第三者の故意過失・車両の欠陥不存在)を立証できない限り責任を負う構造です。
 Japanese Law Translation

この構造を、主張設計の観点から見ると次の含意があります。

  • 709条で「運転者の過失」を立てようとすると、どうしても事故態様(視認・速度・進路・優先関係等)を詳細に書き込みやすい
  • しかし自賠法3条では、少なくとも条文構造上、“過失の原因事実”を請求原因として細密に立てなくても請求を開始しやすい(免責側が立証課題を負う)Japanese Law Translation

その結果、③でいうところの

事故状況に含まれる過失相殺の評価根拠事実も含まれるという弊害は、709条で立てる場合よりは抑制しやすい、という発想が実務的に出てきます。

※もちろん、現実の訴訟では「運行による死傷」「因果関係」「当事者性(運行供用者性)」などをめぐって一定の事故態様の主張が必要になる場面はあります。ここでのポイントは、請求原因の中心が“過失”から離れることで、最初から過失相殺素材を厚く混入させる必然性が相対的に下がる、という構造論です。

だから「709条でいくか/自賠法3条でいくか」が重要になる局面がある(④)

実務でこの選択が効いてくる典型は、例えば次のような場面です。

  • 事故態様が不明確・争いが深い(当初段階で、原告側から詳細事故態様を出し切ることが戦術上リスクになる)
  • 被告側の免責主張(注意義務・第三者要因・欠陥)を先に出させたい(争点の主導権) Japanese Law Translation
  • 人身損害が中心(自賠法3条の射程は「死亡・傷害」なので、物損オンリーでは基本的に土俵が違う) Japanese Law Translation

ただし人身事故では、立証責任問題が“顕在化しない”ことが多い

ただし、実務上では、人身事故では警察実務として、事故現場を明らかにした上で実況見分調書に関する運用があり、当事者立会いを原則とするなど、事故状況が相当程度記録化されやすいことがうかがえます。
実際、実況見分調書の記載事項(道路状況・見通し・交通規制・当事者指示説明等)が詳細であることは、警察庁通達ベースの書式運用からも読み取れます。

また、当事者の争いとしても、信号の色・衝突前の制動状況・速度などに帰着することがほとんどです。

そのため実務感覚としては、「基本の過失相殺が決まるところまで事故状況が固まっている」ことが多く、本稿の“構造的な立証責任論”が正面から争点化しにくい――これは確かにあります。
ただ、だからこそ実務家としては、争点が顕在化しない事件でも、どの段階で何を主張するかが、相手の攻撃防御をどう容易にするかという構造を、頭の片隅に置いておく価値があります。

判例タイムズ(別冊)の「誰が基本割合/修正割合を主張立証するのか」という誤解

(1) よくある誤解

「判例タイムズの基本割合は原告が主張し、修正割合は有利な修正割合を主張する方が立証する」

この理解は、要件事実・主張立証の本体からズレやすいです。

「基本割合」も「修正」も、比率それ自体は“事実”ではなく評価であり、厳密には「誰が比率を主張立証するか」という言い方自体がミスリードを含みます。ポイントは、比率ではなく “比率を基礎づける事故態様事実を、どちらがどこまで出すか” です。

(2) それでも誤解が蔓延する理由

判例タイムズ別冊(いわゆる「別冊判タ38」系)の使い方では、類型に当てはめるために、

  • 「車対歩行者/自転車」
  • 「交差点」「右直」「直左」「横断」「追突」
  • 「信号の有無」「優先関係」

といった、客観的な最低限度の事故類型を、請求原因の主張段階から述べざるを得ないことが多い。

その結果、見かけ上、

  • 原告が「類型」を言う
  • その類型に対応する「基本割合」が想起される

ので、あたかも「基本割合は原告が主張するのが原則」という誤った理解が広まりやすい、という現象が起きます。

(3) 判例タイムズと要件事実の親和性

判例タイムズ別冊の過失割合基準は、編者として東京地裁民事交通訴訟研究会が掲げられており(版によっては東京地裁の交通部門編集とされるものもあります)、裁判実務の視点で整理された資料であることが確認できます。

ここからは評価になりますが、裁判実務(争点整理・要件事実的思考)を日常的に扱う側が関与して編集されている以上、判例タイムズの類型整理に沿って事故態様を組み立てることは、結果として

  • 「どの事実が争点で」
  • 「どこが立証の山場か」
  • を外しにくく、要件事実的に“筋の良い”主張になりやすい、という実務的利点は確かに指摘できます。

まとめ  

要件事実論が不要かと思われる交通事故ですが、細かく考えると意外と考えがいのある要素があることがわかりますね。交通事故の過失相殺の位置づけがどのようなものか、皆さんの参考になれば幸いです。