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弁護士 鈴木 晶

一般の方々に、わかりやすく法律の知識をお届けしております。
難しい法律用語を、法律を知らない人でも分かるような記事の作成を心がけています。
交通事故に関する様々な悩みを持つ方々のために、当ホームページは有益な情報を提供いたします。

交通事故は、「物損事故」と「人身事故」に分けることができます。それぞれ事故後の手続や損害の内容が異なり、警察の対応や被害者に対する救済などにも影響が出てきます。
当記事では被害者目線で両者の違いや共通点を解説し、物損事故から人身事故への切り替えをしたいときの対応方法についても紹介していきます。

この記事でわかること

  • 物損事故と人身事故の違いが分かる
  • 物損事故と人身事故の共通点が分かる
  • 物損事故から人身事故に切り替える方法が分かる

物損事故とは

「物損事故」とは、人に対する損害がなく、物だけに損害が発生したときの事故を指します。

駐車している自動車にこすってしまったとき、電柱やガードレールにぶつかってしまったときなどであって、人に危害が及んでいないときに「物損事故があった」と表現されます。

人身事故とは

「人身事故」とは、人に対する損害が生じているときの事故を指します。

物損事故と同じく物が損壊しているときであっても、人に対する被害が発生しているときは、「人身事故があった」と表現します。

壊してしまった物の種類によっても事故後の対応は変わってきますが、もっとも重要なのは“人の身体・生命に対する危害の有無”です。その有無は、損壊した物の種類よりも、手続や損害賠償請求に関して大きな影響を及ぼします。

物損事故と人身事故の比較

物損事故と人身事故には、“人の身体・生命に対する危害の有無”という違いがあります。
その差が原因となり、各種ペナルティの適用や、保険の適用、損害賠償請求に関しても差異が生じます。

以下で詳しくみていきます。

刑事罰の適用の違い

人身事故を起こした加害者には、事故を起こした背景や生じた結果に応じて、刑事罰が適用されます。危険運転致死傷罪や過失運転致死傷罪などの罪が成立し、罰金や懲役に処されることもあります。

一方、物損事故で刑事罰が適用される場面は限定的です。
人の死傷といった結果が生じていませんし、適用できる罪の種類も少なくなります。

物の損壊に対応した罪の例として、刑法規定の「器物損壊罪」が挙げられますが、これは故意犯を想定した罪です。過失に基づいて発生する多くの交通事故だとなかなか成立する罪ではありません。

成立する可能性がある罪としては、道路交通法規定の「運転過失建造物損壊罪」です。

引用:e-Gov法令検索 

道路交通法第116条

第百十六条 車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは、六月以下の禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

同罪は、運転者の過失により建造物が損壊したときに成立します。最大で10万円の罰金、または6ヶ月の禁錮が科される可能性があります。

なお、刑事罰の適用は、被害者救済を直接の目的としたものではありません。
悪質な運転や悪質な対応を取られたとき、刑事上のペナルティが科されたという事実が被害者の気持ちを軽くはしてくれるかもしれません。しかし罰金刑に処されたとしても、その金銭が被害者に支給されることはありません。

違反点数の加算の違い

人身事故を起こした場合、行政上のペナルティとして、違反点数が加算されます。
加算点数に応じて免許の取消や停止が加害者に課されることになります。

ただ、これら行政処分は人身事故を対象として設けられた制度です。そのため物損事故に対しては、基本的に違反点数は加算されません。
とはいえ、道路交通法の違反を伴う物損事故であったときには、物損事故そのものに対してではありませんが、違反点数が加算されることがあります。

自賠責保険適用の違い

自賠責保険は、強制保険とも呼ばれる保険で、交通事故の被害者を救済するために利用される保険のことです。自動車の運転者全員に加入を義務付けることで、最低限ではあるものの、被害者に生じた損害を補償しようとする趣旨です。

そして自賠責保険が対象としているのは人身事故であり、物損事故は自賠責保険で対応できません。

別途被害者の方が保険の契約を交わしていない限り、物の損壊に対する保険金を受け取ることはできません。

慰謝料請求の違い

損害賠償金の1種に「慰謝料」があります。身体的・精神的苦痛に対する賠償金として、人身事故のときに請求を行います。

この慰謝料についても、物損事故では請求することが難しいです。
まず、身体的な苦痛は生じていませんし、物の損壊により精神的なショックを受けたとして慰謝料を請求することも難しいと考えられています。

例えば家族のようにともに暮らしてきた犬が死んでしまったときや、非常に珍しい芸術作品が壊れてしまったときなど、ごく限られた場面でしか認められません。
所有する自動車が壊れたというだけで、当然に慰謝料を請求できるわけではありません。

なお、壊れた物の修理代や評価損(欠陥が生じたことによる物の価値の低下)、買い替え代金、などに関する損害賠償請求は可能です。

示談交渉までの流れ

請求できる内容の違いもありますが、示談交渉までに必要な対応や手続にも違いがあります。例えば人身事故では通院が必要になりますし、休業損害を請求するときは休業したことの証明資料の取得も必要になります。

各種賠償金は、被害者が口頭で請求を求めただけでは受け入れられず、損害が発生したこととその請求金額が正当であることの証明ができなければなりません。

人身事故の被害を受けた結果、後遺症が残ることもあります。
その場合、後遺障害等級の認定を受けるための手続を行い、等級認定を受けて後遺障害であることが認められれば、「逸失利益」「後遺障害慰謝料」についても請求を行うことになります。

なお、示談交渉に関しては、一般的に加害者の加入する任意保険会社とやり取りを行うことになります。保険会社から示談金の提示などを受けますので、納得がいく場合にはサインをし、納得ができない場合には交渉を続けることになります。
人身事故にしても物損事故にしても、相手方保険会社が提示する金額より、裁判上で認められる請求額のほうが大きくなる傾向にあります。弁護士に示談交渉を依頼することで、裁判所の基準に従い算定される賠償金で初めから交渉を持ち掛けることができますので、納得のいく請求額、短期間での請求を実現しやすくなるでしょう。

物損事故と人身事故の共通点

物損事故と人身事故にも共通点があります。特に事故直後に必要な以下の行為については、おおむね同じ対応を取ることになるでしょう。

事故後の安全確保

人身事故の場合は特に必要ですが、物損事故で遭っても事故後の安全確保が大切です。

事故後の車両や人、道路上に散乱した物によって、二次被害が発生する危険性があります。一次的には物損事故であったものの、引き続き二次被害が人身事故として発生するかもしれません。

そのため事故後は、道路上での危険を防止するため、事故車両の移動や散らばった物を道路脇に退けるなどの措置を素早く進めましょう。
なお、その際は自身の身を守ることも忘れてはいけません。無理に道路上に出てしまうと、後続車に引かれてしまうおそれがあります。

警察への通報

警察への通報も必要です。

これは加害者の義務ではありますが、被害者自身も進んで行うようにしましょう。
通報を受けてやってきた警察が事故現場の記録を保全してくれますし、交通事故証明書の発行もできるようになります。

加害者情報の記録

損害賠償金は、被害者自身がアクションを起こさない限り支払われません。

そして賠償金の請求をするには、請求先となる加害者の情報が把握できていなければなりません。

そこで、加害者の「氏名」「住所」「電話番号」「勤め先企業」などの情報を聞き出しておくことが大切です。免許証を提示してもらうことで、情報の正確性が担保できます。
物損事故の場合は特にそのまま立ち去られる危険がありますので、少なくとも自動車のナンバーはスマホ等で撮影するか、記憶してすぐにメモを取っておくようにしましょう。

示談が成立しないときの対応

示談は、当事者双方の合意があって成立させられるものです。
そのため被害者自身が提示された和解案に同意ができないときや、被害者側から提示した内容を相手方が受け入れてくれないときは、不成立となります。

示談が成立しないときは、まず、「調停」の申し立てを検討しましょう。
裁判所に申し立てて、調停委員を挟んだ当事者間での話し合いを行うのです。

とはいえ調停も成立となるには最終的に双方の合意が必要になります。

そこで最終手段は「裁判」です。
自らの言い分が正しいことを、証拠を用いて立証していくことになります。そして結論は裁判官が法令に則って言渡します。

物損事故としての処理は被害者にとって不利

物損事故と人身事故の違いを比較してわかるように、被害者としては物損事故として処理されたほうが不利な結果になりやすいです。

加害者が刑事罰に処される可能性は低くなりますし、違反点数も加算されにくいです。
自賠責保険からの救済が受けられないため、相手方が任意保険未加入で損害賠償請求に応じられる経済力もないときは、泣き寝入りせざるを得ない場合もあります。

物損事故から人身事故に切り替えることも可能

交通事故で怪我を負ったとしても、その場で自覚症状が出ないことがあります。数日経ってから痛み出すことも珍しくありません。

身体に接触している、あるいは乗っていた自動車にぶつかられたという状況において「外傷はないし痛みもないから、物損事故として処理されても問題ない」などと考えてはいけません。

後になって治療費が発生したり、休業損害が生じたりすることもあります。
いったん物損事故として処理されたときは、以下の対応により、早急に人身事故に切り替えてもらうようにしましょう。

  1. 病院で診断書を受け取る

まずは治療を行う。人身事故に切り替えるためにも、交通事故が原因で怪我を負ったことを、医師に診断してもらうことが重要。診断後は、診断書を発行してもらう。

  1. 警察署に人身事故であったことを伝える

事故現場を管轄とする警察署にて、人身事故として対応してもらいたい旨を伝える。切り替え可能な期限は定められていないものの、事故からの経過期間が長くなるほど怪我と交通事故の因果関係が認められにくくなり、警察にも対応してもらうことが難しくなる。

  • 相手方の保険会社に人身事故に切り替えたことを伝える

加害者側の保険会社に対して、人身事故に切り替わったことを伝え、当該事故により生じた損害に対する賠償金の支払いを求める。

簡単にまとめると、この手順に沿って切り替えを行うことになります。
ただ、保険会社が素直に応じてくれるとは限りません。そのため、物損事故から人身事故への切り替えに関する交渉については弁護士に代行して対応してもらいましょう。