車を運転している方は、常に交通事故のリスクを負っていることになります。人に怪我をさせてしまうこともあれば他人の物を破壊してしまうことも、自身の車が壊れてしまうこともあるでしょう。
いずれにしろ事故を起こしてしまったのであれば、そのまま何も対応せずに立ち去ることは許されません。ここでは“物損事故”に注目し、事故後取るべき対応、その後の流れや保険のことを解説していきます。

物損事故について

警察庁が公表するデータによれば、交通事故は平均して1日あたり700件以上発生していることが分かっています。

この件数の大きさだけを見れば、いつ誰が事故を起こしてもおかしくないと言えます。そしてこの事故の中には人が怪我を負ったものもあれば死亡したもの、逆に人には損害が生じていないものの物の破損が生じたものなどが含まれています。

後者の事故は「物損事故」と呼ばれます。
物損事故には人に損害が生じていないという特色がありますが、この場合であっても損害が生じていることに違いはありませんので、賠償金の支払い義務が生じることがあります。

物損事故と人身事故との違い

物損事故と人身事故の違いは上述の通り交通事故により人の死傷という結果が生じているかどうかにあります。

その他の違いとして、“原則、慰謝料が発生しない”ということも挙げられます。
人身事故だと、治療に対する身体的精神的苦痛に対する慰謝料として「入通院慰謝料」、後遺障害を負ったことに対する「後遺障害慰謝料」、死亡したことに対する慰謝料として「死亡慰謝料」が発生します。
しかし物損事故はこのいずれの損害も発生していません。事故により他人が大切にしていた物を壊してしまう可能性はありますが、原則として慰謝料は認められず、その物の客観的価値を基準とした賠償金を支払うにとどまります。

物損事故を起こしてしまった後の流れ

物損事故を起こしてしまったと仮定して、その後の流れ、取るべき対応を解説していきます。

警察官への報告義務を果たす

どのような内容であっても、交通事故を起こしたのなら警察官に報告をする必要があります。道路交通法に「警察官への報告義務」が規定されているからです。

交通事故があつたときは、・・・
当該車両等の運転者は、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。

引用:e-Gov法令検索 道路交通法第72条第1項
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105

要は、人身事故に限らず、物損事故を起こしたのなら直ちに警察官に交通事故の内容を話さなければならないということです。
物損事故それ自体で行政処分として減点を受けることはありませんが、道路交通法に規定されている義務を果たさないことを理由に行政処分や罰金等の刑事罰を受ける可能性はありますので注意が必要です。

危険防止等措置義務を果たす

道路交通法には「危険防止等措置義務」も規定されています。

交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。

引用:e-Gov法令検索 道路交通法第72条第1項前段
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105

まずは“直ちに車の運転を停止”し、“道路上の危険を防ぐための措置”をとらなければなりません。
※人身事故なら“負傷者の救護”も義務

交通事故のリスクは二次災害が発生しやすい点にもあります。追突を受ける可能性もありますので、安全な場所に停めるようにしましょう。直ちに運転を止めるといってもその場で停まるべきことが求められているわけではありません。

車を停めた後は、事故現場に破損した物が飛散しているのならそれらを除去します。1人で対応するのが難しいときには周囲の人に協力を求めましょう。

事故現場の証拠保全

物損事故により賠償金の支払いを求められることがあります。しかし物損事故であっても自分以外に過失があるケースもありますので、その証明をするためにも現場の情報を記録しておきましょう。

可能であればスマホ等のカメラを使っていくつか写真を撮っておくことをおすすめします。
ドライブレコーダーからも有力な証拠が得られるため搭載しておくと良いでしょう。

保険会社への連絡

保険利用をするため、物損事故が起きたことに関して保険会社にも連絡をしましょう。
保険会社に状況を伝えることで、被害者等がいる場合でもその相手方とのやり取り、示談交渉などを任せることができます。賠償金に関しても保険の適用ができる場合には保険会社に直接支払ってもらうことが可能です。
通常、任意保険には示談代行サービスがついていますので、任意保険会社に在席する担当者が代わりに交渉をしてくれます。

物損事故で利用できる保険について

保険に加入をしていたとしても、常に物損事故に対する賠償金に適用できるとは限りません。
事故を引き起こした場合であれば、ご自身が加入する対物賠償責任保険、あるいは車両保険が使えるかもしれません。
それぞれの内容を説明していきます。

対物賠償責任保険

「対物賠償責任保険」は、物損事故加害者になってしまったときや単独事故によりガードレールや電柱などを壊してしまったときの、賠償金の支払い義務を負う場合に備えて加入する保険のことです。
ポイントは“交通事故における相手方の物に関する損害補償ができる”ということ、そして“設定されている上限額を超えた分については自費になる”ということです。

例えば他人の車を傷つけてしまったとき、家や店舗などの建物を壊したとき、道路標識を壊したときなどに利用できます。
しかし賠償額が高額になると保険でカバーされる額を超えてしまい、自費が発生するおそれがあります。

車両保険

「車両保険」は、単独事故を起こしてしまったときや、当て逃げをされてそのまま加害者がわからないときなどに備えて、“自分の車の修理費を補償するため”に加入する保険です。

自分の車に関してのみ損害補償が及ぶため、他人の物を損壊してしまったときに車両保険で対応することはできません。

物損事故で保険を利用するときの注意点

物損事故を起こした場合における保険利用では、①自賠責保険が使えない、②任意保険の等級が下がることに注意が必要です。

自賠責保険は使えない

自賠責保険が補償の対象としているのは“人身事故による損害”のみです。そのため車両などの物的損害に関しては補償されず、車の修理費も自賠責保険から出ることはありません。
車だけでなく、衣服やその他所持していた物が壊れてしまったとしても自賠責保険は使えません。

このことは、自動車損害賠償保障法に基づいて人身事故の被害者を救済する目的ですべての自動車に加入を義務付けていることに由来します。

任意保険の等級が下がる

物損事故により発生した損害を賠償するため加入している任意保険を使うと、次年度の等級は下がってしまいます。
等級が下がってしまうと保険料は高くなり、賠償金の支払いはしてもらえるものの次年度からの支払いは増してしまいます。

何ら補償をしてもらわなければ年々等級が上がって保険料が安くなっていきますので、物損事故により生じた損害が軽微であるならあえて保険を使わないという選択も視野に入れる必要があるでしょう。

物損事故に関する罰則・ペナルティ

人的被害が生じていないのであれば行政処分上は事故としての扱いを受けず、違反点数の加点はありません。そのためこの場合には事故を起こしたとしてもゴールド免許の取消しなどを心配する必要はありません。

ただし、行政処分とは別の問題が生じることはあります。

例えば道路交通法違反です。
建造物を破壊してしまった場合、道路交通法第116条に従い禁錮または罰金を科されるおそれがあります。

第百十六条 車両等の運転者が業務上必要な注意を怠り、又は重大な過失により他人の建造物を損壊したときは、六月以下の禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

引用:e-Gov法令検索 道路交通法第116条
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105

また、事故直後の危険防止等措置義務を果たさなかったときには同法第117条の5の規定に従い、1年以下の懲役または10万円以下の罰金を科されることがあります。
さらに、警察官への報告義務を果たさなかったときにも、同法第119条第1項の規定に従い3月以下の懲役または5万円以下の罰金を科されることがあります。

なお、刑法には「器物損壊等の罪」が定められていますが、故意による損壊を前提としていますので、過失に基づく物損事故では同罪は成立しません。ただし法的にわざと評価されるような形で物損事故を起こしたのであれば、同罪が成立し、3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料が科される可能性があります。

物損事故は弁護士に相談を

物損事故の場合、とりわけ人的被害が生じていない物損事故に関しては、人身事故よりも損害賠償額が少なく済みやすいです。また、事故に関する各種手続きなどの処理も比較的短期的に終えられる可能性が高いと考えられます。

しかしながら、上記の通り物損事故でも賠償金の支払いを求められることはありますし、また、保険の仕組みについて理解をしておかなければ必要以上に等級を下げてしまうことも起こり得ます。例えば対物保険によって保険の等級が下がってしまうところ、対物保険と一緒に車両保険を使ったとしても下がる等級は同じです。仕組みを理解しておくことで物損事故から生じる不利益を最小限に留めることも可能です。
さらには刑罰を科されるおそれもありますので、交通事故や法律に詳しい弁護士のサポートを受けることがとても有効と言えます。