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弁護士 鈴木 晶

一般の方々に、わかりやすく法律の知識をお届けしております。
難しい法律用語を、法律を知らない人でも分かるような記事の作成を心がけています。
交通事故に関する様々な悩みを持つ方々のために、当ホームページは有益な情報を提供いたします。

物損事故の被害に遭った場合、生じた損害につき賠償をしてもらうため、加害者側に請求をすることになります。そのときの話し合いは「示談交渉」と呼ばれます。納得のいく損害賠償をしてもらうには、法的な知識、過去の裁判例などを知っておくことが大切ですし、その他物損事故の特徴や手続の流れなども把握しておくことが望ましいです。
この記事で物損事故における示談交渉の基本を解説していきますので、参考にしていただければと思います。

この記事でわかること

  • 物損事故で生じる損害の内容と留意点
  • 物損事故における示談交渉の流れ
  • 物損事故での示談交渉の注意点

物損事故で生じる損害の内容

物損事故では人の身体・生命に対する損害が生じていません。しかし加害者の運転する車がご自身の車に当たったのなら修理代が発生しますし、修理中に代車を使う場合には代車費用も発生します。廃車することになったのなら買替費用なども必要になるでしょう。

このように物損事故でも様々な損害が生じます。
簡単に損害の内容と留意点等を下表にまとめました。

損害の
内容
留意点
修理代修理をしてくれる業者に車を持ち込み、見積り金額を出してもらう。その見積金額を相手方が受け入れてくれれば、その金額が賠償金額となる。
ただし、事故と関係のない修理箇所がないかどうか、適正な工賃となっているかどうかで争われることもある。修理箇所と事故との関係性については、損傷の内容、事故の態様との整合性、事故歴などを考慮して評価される。適正な工賃であるかどうかも説得的な説明ができるよう、「なぜその工賃が必要なのか」と業者ともよく話し合うことが大切。
評価損評価損には①技術上の評価損と②取引上の評価損の2つがある。
①は修理を施しても技術上の限界から欠陥を完全に取り除くことが難しい場合に生じる。②は技術上の問題は生じていないものの事故歴がつくことにより取引価格が下落してしまう場合に生じる。
物損事故による損害としてよく請求されるのは②。ただし②が認められるかどうか、どの程度の額が認められるかは事故以前の車の状態にもよる。初度登録から3年未満の車、走行距離が4万km以下で認められる傾向にあるが、外国車や国産の人気車種であればより緩く評価損が認められやすくなる。
金額に関しては修理代に比例することが多い。これは大きな修理が発生する事故に遭った車ほど②も大きくなることに起因する。裁判だと修理代の20~30%ほどが損害として認められる傾向にある。
代車費用修理中、あるいは新しい車を用意している間の代車にかかる費用。
修理等に必要な期間に応じて認められる期間は異なるが、2週間ほどの期間で請求できるケースが多い。買い替えを要する場合にはより長い期間で認められやすい。
ただし、公共交通機関等の利用により生活に支障が出ない場合には代車費用が請求できないこともある。また、事故者のグレードを大きく上回る車種の代車費用までは認められにくい。通常、事故車と同程度のグレードの代車費用となる。
買替代金修理が不能な場合で、車の買い替えをするときに発生する。
買替代金は“車の時価”で定まる。保険会社からは減価償却の方式により時価を定めて低く見積もられることがあるが、納得のいかない金額を提示されたときは同意しないようにしなければならない。
裁判では減価償却により算定するのではなく、「同一条件の車を中古車市場で購入しようとするときに要する価額で定めるべき」と評価されている。
中古車販売をしているサイトで車種や年式、使用状態、走行距離等を入力し、事故車と近い車を探せばおおよその相場が把握できる。
買替諸費用車の購入に伴って発生するその他諸費用。
自動車取得税や自動車重量税、登録番号変更費用、消費税、その他様々な手数料なども損害として請求できる。
雑費車が損傷したことに由来する損害。
レッカー代や時価の査定料、廃車手数料、カーナビ費用など、必要な出費であることが示せれば広く請求し得る。

物損事故でもこのように様々な損害が発生し、損害額は加害者側に請求することができます。ただし被害者の方が請求をしてもその通りに応じてくれるとは限りません。「そのような損害は発生していない」「本当にその金額が必要なのか」などと反論をされることもあります。
実際、このような相手方の言い分が正しいこともあるでしょうし、損害賠償請求をする側としてはできるだけ自身の言い分が正しいことを示せなければなりません。
後述の示談交渉において、ただ口頭で主張するのではなく、客観的に見て主張内容が正しいと判断できる資料を添えることがポイントになってくるでしょう。

人身事故との違い

人身事故では人に対する損害が発生しています。怪我や死亡という結果が生じていることが考えられます。そのため、治療費や入通院に要する費用などが損害の内容として挙げられます。

こちらは物損事故では発生しないものです。
また、人身事故と物損事故の大きな違いは「慰謝料」の有無にも現れます。人身事故の場合には入通院慰謝料や後遺障害慰謝料、死亡慰謝料が認められやすいです。しかし物損事故では入通院を必要としませんし、後遺障害や死亡という結果も発生しません。被害者の方が所有する物が損壊することで精神的なショックを受けることもあるでしょうが、基本的には慰謝料は認められないのです。

物損事故における示談交渉の流れ

発生した損害の賠償金を請求するには、加害者側との示談交渉を行う必要があります。示談とは当事者間で行う和解のことです。

示談を行うことは必須ではありません。しかし示談を成立させることができれば短期間で問題を解決できますし、手間も少なくて済みます。もちろん、納得のいく金額で合意が取れていることが前提となりますが、まずは示談交渉に向けて準備を進めていくと良いでしょう。

示談交渉を上手く進める上では事故直後から適切な行動を起こすことが欠かせませんので、事故発生から示談成立までの全体の流れを説明していきます。

警察への連絡

まずは警察に連絡をしなければなりません。
これはその後の手続で必要となる交通事故証明書を手に入れるためでもありますが、法律上の義務でもあります。道路交通法では、事故が発生すると必ず警察に通報をしなければならないと定められているのです。

「人身事故ではないからいいか」と軽く考えてはいけませんし、加害者から「警察に連絡しないでいただきたい」とお願いをされたからといってこの義務が免除されるものでもありません。法律上の義務だからルールに則り連絡をしなければならない、と覚えておきましょう。

加害者の連絡先を手に入れる

示談交渉は当事者間で行うものであり、公的な手続でもありません。実際には加害者の加入する保険会社と交渉を進めるケースがほとんどですが、いずれにしろ相手方の連絡先を手に入れておかなければ示談交渉を始めようがありません。

そのため事故発生後は加害者の連絡先を手に入れることが非常に重要です。
加害者の氏名・住所・電話番号などを聞き、可能なら勤務先情報も聞いておきましょう。「連絡先を記録するため免許証を見せてください」と言って免許証の写真を撮っておくと確実です。

人身事故ではありませんし、加害者も大きな問題ではないと捉えてその場から立ち去ってしまう可能性があります。できるだけこれを阻止し、止めることが難しい場合でも車のナンバーを覚えるかカメラで撮影して加害者を特定できる情報を押さえておきましょう。

保険会社への連絡

事故現場での対応を終えれば、ご自身の加入する保険会社にも連絡します。
加入している保険会社や契約している契約内容によって保険適用の条件は異なりますが、まずは連絡が必要です。事故後一定の期間内に連絡をしなければ保険を適用させられないケースもありますので要注意です。

損害額の確定

加害者側に損害賠償請求をするためにも、まずはどのような損害が発生したのかを把握し、そして具体的な損害額を確定させていきます。

これができていない状態で示談交渉を始めないようにしましょう。相手方保険会社から示談交渉を求められることがあるかもしれませんが、その時点では示談金の額が適切であるかどうかの評価もできません。

なお、物損事故の場合には人身事故に比べて損害額の算定は容易です。慰謝料などと比べて修理費用や買い替え費用、各種手数料などは金額が明らかにしやすいです。見積書などを取り寄せれば損害額が定まります。
ただ、相手方に見積り内容を確認してもらう前に修理等を行わないように注意しましょう。後から「この修理は過剰だ」「本件事故によって発生した傷以外の修理費用も含まれている」などと請求額の全部または一部を拒否される可能性があります。

加害者側と交渉を始める

見積り書などが準備できれば加害者側との示談交渉を始めましょう。
通常、加害者本人と話し合うのではなく、相手方が加入している保険会社と過失割合や損害賠償額について交渉を進めていくことになります。

相手方は修理費用などの確認後、示談案を出してきます。
示談案には過失割合や示談金などが記載されています。納得がいかないときにはこれにサインして同意の意思を示さないように注意しなければなりません。保険会社はあくまで加害者サイドであり中立的な立場ではありません。できるだけ示談金は小さくしたいと考えます。真っ当な金額である旨伝えられると思われますが、示談は両者の合意に基づかなければ成立しませんし、無理に成立させる必要もありません。

示談金の相場がわからなければ受け入れるべきかどうかを判断できないかもしれません。その場合には弁護士に相談して示談案の内容を評価してもらう、もしくは初めから交渉を弁護士に依頼して任せた方が良いでしょう。

示談の成立・示談書の作成

交渉を経て示談金等の調整をし、両者の合意が取れれば、示談は成立となります。
示談金等について記載された示談書が届きますので、問題がないことをチェックした上でサインします。このときのチェックも法律のプロである弁護士に見てもらうようにしましょう。

なお、示談書を作成したからといってそれだけで実際の支払いが保証されるわけではありません。特に加害者が任意保険に加入していない場合、直接相手方から支払いを受けることになるのですが、示談書を作成したにもかかわらず示談金を支払ってくれないという事態は起こり得ます。

こういったリスクを排斥するためには、公正証書の作成が有効です。
単なる私文書として示談書を作成するのではなく、公証役場で所定の手続を経て公文書として示談書を作成するのです。
その作成にあたり強制執行を受け入れるとの文言を記載してもらうことで、裁判を要することなくすぐに強制執行ができるようになります。示談金を支払ってくれないときには相手方の預貯金・給与などの財産を差し押さえてそこから支払いを受けることができるのです。そのため支払いを受けられるかどうか不安のある方は、公正証書の作成をおすすめします。

物損事故での示談交渉の注意点

以上が物損事故発生から示談交渉、示談成立までの基本的な流れです。
さらに、できるだけスムーズに進めていくためにも、次に説明する点に注意しましょう。

過失割合に応じて請求額は減額される

物損事故に限らず、交通事故一般では「過失割合」が賠償金額を大きく左右します。たとえ大きな損害が発生していたとしても、被害者側にも過失があり、その割合が大きい(過失割合が大きい)のなら請求できる額は小さくなってしまいます。

例えば20対80、2割の過失割合がご自身にある場合、修理代として100万円が発生したとしても請求できるのは80万円となります。20万円分は自己負担です。

損害が発生したことの資料を示されると加害者側としてもそれを否定することは簡単ではありません。しかし過失割合については資料の用意が簡単ではなく、それ故相手方としても争いやすく、両当事者の言い分がわかれやすいポイントとなります。
不当に過失割合を大きくさせられないためには弁護士に対応してもらうこと、また、ドライブレコーダーや街の防犯カメラ、目撃証言を得ておくなどの対応も必要になるでしょう。

物損事故では慰謝料は原則請求できない

上述の通り、物損事故では慰謝料が原則として請求できません。本人が大切にしていた車や物であっても、修理代や買い替え費用を受けることで財産的損害を回復すればそれで十分だと考えられているためです。

ただ、絶対的に慰謝料が認められないということではありません。
例外的に車両の被害に対して慰謝料が認められたケースはありますし、ペットが亡くなったことに対して慰謝料が認められたケースもあります。慰謝料を認めてもらうには過去の裁判例も参照にしつつ、弁護士に頼んで対応する必要があるでしょう。

新車が廃車になっても中古車としての時価

新車が事故により廃車になってしまうことも起こり得ます。
買ったばかりのものだと、新車として購入したときの価格をそのまま請求できそうにも思えますが、実際には中古車としての時価になりますので注意しましょう。

新車でもナンバープレートが付くと「登録落ち」と呼ばれる車両価格の下落が起こります。実際、新車を購入してすぐに売却しようとしても新車と同じ価格で売るのは難しいです。購入して間もない新車だと被害者側の負担が大きくなりやすいことは覚えておきましょう。

加害者が任意保険に加入していないときは直接請求することになる

自動車保険には、法令上加入することが義務付けられている自賠責保険と、運転者が任意で加入する任意保険があります。

このうち自賠責保険については人身事故による被害者救済を想定したものであり、物損事故についてはカバーされていません。そのため加害者が任意保険に加入していない、あるいは対人賠償しか含まれていない任意保険の契約をしている場合には、直接加害者に損害賠償請求をすることになります。

業務として示談交渉をしている任意保険会社と異なり対応が遅れたり交渉がスムーズに進まなかったり、といった問題が起こりやすいです。相手方に被害額の支払いができるだけの経済力がない場合には、支払いが受けられないことも十分に考えられます。

相手方との直接交渉や各種手続に不安があるという方は、弁護士に相談し、対応を任せることをおすすめします。