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弁護士 鈴木 晶

一般の方々に、わかりやすく法律の知識をお届けしております。
難しい法律用語を、法律を知らない人でも分かるような記事の作成を心がけています。
交通事故に関する様々な悩みを持つ方々のために、当ホームページは有益な情報を提供いたします。

交通事故の被害を受けたとき、生じた被害の内容に応じて加害者等に対して損害賠償請求を行うことになります。治療費などはもちろん、仕事への影響が出たときには「休業損害」や「逸失利益」の請求ができるケースもあります。
どちらも収入減に対する損害賠償請求ですが、請求を可能とするための条件や請求額の計算方法などに違いがあります。この記事で休業損害と逸失利益について解説し、両者の共通点や違いを整理していきます。

この記事でわかること

  • 休業損害の請求の条件と計算方法
  • 逸失利益の請求の条件と計算方法
  • 休業損害と逸失利益の比較

休業損害とは

交通事故により怪我をしてしまうと、そのことが原因で、治療期間中仕事ができなくなることがあります。あるいは労働できる時間が短縮されてしまったり十分な労働ができなかったり、結果として収入が少なくなるケースがあります。
この少なくなった収入は「休業損害」として、交通事故の加害者側に請求できることがあります。

なお、休業損害が認められるのは交通事故に限られません。医療事故や労働災害、その他犯罪行為が原因に休業損害が生じたときには、加害者側にその損害賠償を求めることができます。

請求の条件

休業損害を請求するには、当然ながら損害が発生していなければなりません。
働いている人が人身事故に遭えば常に請求ができる、というものではありません。例えば交通事故で怪我を負ったものの、仕事に支障をきたしていないのであれば、休業損害の請求はできません。

仕事中に身体の痛みを感じるなど、厳密には影響が出ることもあるかもしれませんが、収入が減っていないのであれば休業損害は請求できません。こうした、主観的で算定もしづらい影響に関してまでは考慮されません。
ただ、身体的・精神的な苦痛に関しては傷害慰謝料として請求が可能です。

なお、有給休暇を消化した場合には現に金銭的な損失は生じないのですが、休業損害の請求は可能です。有給休暇を自由に使用する権利への侵害があったと評価できるためです。
被害者が主夫・主婦である場合に関しても、現に減収が起こるわけではありませんが、家事労働に対する支障をきたしたとして休業損害が請求できることがあります。

請求額の計算方法

休業損害の基本的な計算方法は次の通りです。

休業損害 = 収入日額×休業日数

休業した日数が多いほど損害は大きくなりますし、同じ休業日数でも収入の大きな方の方が損害額は大きくなるため、この計算式に従い計算します。

ただ、常にこの計算式に従って算出された額を補償してもらえるとは限りません。
その結果を左右する大きな要因が「算定基準」です。交通事故の損害賠償額に関しては、請求方法により①自賠責保険基準、②任意保険基準、③裁判基準のいずれかに従うのが一般的です。例えば自賠責保険から補償を受けようとするのであれば①が、加害者の加入する任意保険会社に請求をするのなら②が、裁判所に判断を求めるのであれば③が採用されます。

自賠責保険基準で計算する場合

「自賠責保険基準」とは、自賠責保険により被害者が補償を受けようとする場合の算定基準のことです。

上記3つの算定基準の中ではもっとも補償額が小さくなる傾向にあります。
というのも自賠責保険は、加害者からの十分な賠償がなされない場合に備えて、最低限の被害者救済を図るために存在している保険だからです。そのため休業損害に関しても、実際に生じた収入減をまるまる自賠責保険により補償してもらうことは難しいです。

そして肝心の自賠責保険基準を用いた計算方法ですが、休業損害の場合は次の計算式に従います。

休業損害 = 6,100円※×休業日数
※収入減の立証で最大19,000円まで可能

参照:国土交通省「限度額と保障内容」

このように、自賠責保険基準では、各人の収入額とは関係なく一律6,100円/日で計算するのが原則です。ただし、それ以上に収入が減ったことを証明すれば、19,000円/日を限度に補償してもらうことも可能です。

なお、自賠責保険に対しては、休業損害以外にも治療費や文書料・慰謝料などを請求することもできます。しかし全体の限度額が「被害者1人あたり120万円まで」と定められており、その他の費目も足して120万円に達している場合、休業損害分を十分に請求できない可能性はあります。

任意保険基準で計算する場合

「任意保険基準」は、交通事故の相手方が加入している任意保険の会社が定める算定基準のことです。

損害賠償請求は、本来的には加害者本人に行うものですが、交通事故では多額の賠償金が発生しやすいことから、任意に保険に加入するのが一般的です。そしてその場合、加害者本人に代わり任意保険会社が窓口となり示談交渉などを行うことになります。
このときの交渉時、任意保険会社から提示される示談金の額は、任意保険基準により算定されたものとなります。

各社個別に基準を定めており、外部に公表はされていません。
ただ、自賠責保険基準より大きくなる傾向にあります。しかしながら、あくまで保険会社が内部的に定めた基準に過ぎず、被害者が納得できる金額にならないことも多いです。後述の裁判基準よりも賠償額は小さい傾向にあります。

このことは、保険会社が被害者の主張をそのまま受け入れてくれないことも関係しています。
例えば被害者の方が「交通事故が原因で〇日仕事を休んだ」と主張しても、保険会社が「その日数を休む必要性はなかったはず。〇日より少ない△日を休業日数として計算する」といった対応を取ることもあります。

裁判基準で計算する場合

「裁判基準」とは、訴訟を提起して損害賠償請求を行うときの、裁判官が認定するときに用いる基準のことです。

裁判で争った場合、実際に生じた休業損害を請求することができます。
ただし、その事実は証明されなければなりません。少なくとも勤務先が発行した休業損害証明書は必要ですし、その休業日数が治療期間として適当であることも立証する必要があるでしょう。

なお、収入日額に関しては、事故前3ヶ月の収入を基に計算されます。

逸失利益とは

次に「逸失利益」についての説明をしていきます。

逸失利益とは、将来生じるはずであった収入から減少すると見込まれる分を意味します。
例えば交通事故により後遺症が残ってしまうと、それが原因で事故以前のように働けなくなることがあります。そうすると治療期間中の休業損害のみならず、治療終了後も継続して収入減の影響が及ぶ可能性があります。その分を逸失利益として、加害者側に請求するのです。

請求の条件

逸失利益は将来の損害分ですので、正確に把握することはできません。そこで“後遺症の内容と程度”に応じて、ある程度画一的に取り扱う運用がなされています。

ここでいう“後遺症の内容”とは、「後遺障害」として認められる内容であることを指します。交通事故により残存する一定の後遺症は、後遺障害として認定してもらうことができるのですが、逸失利益の請求をするならこの後遺障害認定が求められます。

また“後遺障害の程度”とは、後遺障害の「等級」を意味します。後遺障害の認定を受ける際、症状の程度に応じて等級が付けられます。非常に重い症状だと1級に、比較的軽い症状だと14級に認定する、といった具合に認定されます。
後述するように、この等級は請求できる逸失利益の額に直接影響してきます。

逸失利益の請求をするには、“将来の収入減が予想されること”という大前提の条件を満たしていなければなりません。
「後遺障害が残ったものの労働能力に問題はなく減収が生じない」「事故前後問わず、無職の状態が続くと思われる」といった場合には将来の収入減が予想されないため、逸失利益の請求はできません。

後遺障害等級の認定と症状固定

後遺障害等級の認定を受けるには、「症状固定」と呼ばれる状態になっていなければなりません。

症状固定とは、これ以上治療を続けても症状が改善しなくなった状態のことです。その名の通り、症状が体に固定されたような状況を指します。

長期の治療を要する場合でも、症状が改善するのであれば、後遺症がある状態とはいえません。そのため後遺障害等級の認定を受ける際も、症状固定と評価されるまで待つ必要があります。よって、症状固定も逸失利益請求のための条件と考えることができるでしょう。

なお、症状固定の判断をするには医学的知見を要します。そのため医師に診断してもらう必要があります。後遺障害等級の認定手続を行う際も、医師によって作成された後遺障害診断書を提出しないといけません。

請求額の計算方法

逸失利益は、次の計算式に従い算出されます。

逸失利益 = 基礎収入×労働能力喪失率×ライプニッツ係数

  • 基礎収入:1年あたりの収入額
  • 労働能力喪失率:労働能力の低下具合。後遺障害等級に応じて定まる。1級では100%の喪失率、12級だと14%喪失率
  • ライプニッツ係数:将来の利益を受け取ることで生じる利息分を控除するための係数。労働能力喪失率(67歳に達するまでの期間)に応じて定まる

基礎収入に関しては、給与所得者なら源泉徴収票や給与明細で、個人事業主の場合は確定申告の内容で判断します。
これに対して主婦・主夫や学生は現在の収入がありません。そこで「賃金センサス」と呼ばれる、政府の実施する賃金構造基本統計調査の結果に基づく平均収入で判断を行います。ただ、就職が決まっている者に関しては、内定先の平均賃金で算定することもあります。

休業損害と逸失利益の比較

以上の内容も踏まえ、休業損害と逸失利益の比較をしていきます。どのような点で共通しているのか、逆にどのような違いがあるのでしょうか。

共通点:不法行為を原因とする損害賠償請求

共通しているのは、どちらも不法行為を原因とする損害賠償請求であるという点です。
どちらも、下の条文を根拠に請求を行います。

引用:e-Gov法令検索 民法第709条

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089

また、同じ不法行為による損害賠償請求である以上、当該請求権に係る消滅時効のルールも共通します。

不法行為に関する損害賠償請求権は、基本的に①損害と加害者を知った時から3年間、または②不法行為の時から20年間の経過により消滅時効を迎えます。
しかし特則として“人の生命または身体を害する不法行為”である場合には①の期間が「損害と加害者を知った時から5年間」に伸長されます。人身事故の場合はこちらの期間が適用すると考えられます。

よって休業損害も逸失利益も、交通事故から20年間または請求ができる時から5年間が経つと請求ができなくなります(厳密には相手方が請求権の消滅を主張できるようになる)。

違い①:請求額の計算方法

請求額の計算方法は、休業損害と逸失利益とで異なります。

  • 休業損害 = 収入日額×休業日数
  • 逸失利益 = 基礎収入×労働能力喪失率×ライプニッツ係数

休業損害は、現在の収入額に、実際に休業した日数をかけて、算出できます。
しかし逸失利益は現に生じていない損害分を算定しなければなりませんし、利息分の控除も行います。そのため休業損害よりも計算がやや複雑になります。

違い②:請求のタイミング

請求のタイミングも休業損害と逸失利益とで異なります。

休業損害は、基本的に治療の終了後に行うことができます。治療を終えるまでの休業日数で請求額が計算できるからです。

しかし逸失利益は後遺障害等級の認定を受けてからでなければ請求ができません。前提として後遺障害の存在が認められなければなりませんし、等級が把握できなければ上の計算式にあてはめて将来の収入減を算定できません。

違い③:請求できる人

請求できる人にも違いがあります。

逸失利益は現在無職の方や学生の方なども請求が可能です。将来の損害分に着目するため、現在の収入がゼロでも、将来的に収入を得る可能性があるのなら逸失利益が認められるからです。

これに対して休業損害は実際に損害が発生する必要があります。そのため無職の方や学生の方は基本的に請求することができません。
ただし、どちらの場合も就業の予定があった場合には休業損害が認められる可能性があります。とはいえ遠い予定で、事故の影響が及ばないと思われる場合や、単に就職を希望していたような場合には認められません。「事故直前に就職先が内定していた」など、就労の蓋然性があるとみられる状況でなくてはなりません。
なお、学生がアルバイトをしていた場合には、それが単発的なものでなければ休業損害は認められやすいです。