人身事故の被害を受けた場合、治療費や慰謝料などの損害賠償請求をすることになるでしょう。しかしこの請求をめぐって揉めることも少なくありません。多くの場合は示談交渉を通して請求をすることになるのですが、この示談交渉の際には注意すべきことがたくさんあります。
取り返しのつかない事態にならないよう、ここで紹介する注意点を参考に対処法を検討していくことが大切です。
示談交渉で注意すべきこと
示談交渉とは、当事者間の話し合いにより民事上の問題解決を図ることを言います。交通事故の場合、行政および刑事上の問題にもなってきますが、これらとは別に私人間の問題も生じます。加害者の行為によって生じた被害者の損害をどのように賠償するのか、という問題です。これは民事上の問題であり、警察は対処してくれません。
そこで被害者の方が個人的に対応しなければなりません。自動的に賠償金が支払われるというものではないのです。
最終的には裁判でこの請求権を認めてもらうこともできるのですが、実際のところ裁判にまで発展する例は多くなく、当事者間での話し合いで決着するのがほとんどです。この示談で済ますことができれば、迅速かつ柔軟な解決が図れるため、加害者側・被害者側双方にメリットがあると言えます。
しかしながら、裁判所の介入を受けないことがマイナスに働くこともあるのです。公平な立場の裁判所がいないことにより、当事者の交渉力が結果に大きく左右するのです。場合によっては不平等な結果で終結することもありますし、十分な知識がなければ不利な状態であることにも気が付かず終わることもあります。
そこで示談交渉に慣れていない一般の方が納得のいく解決を図るには、以下で説明する事項に注意しなくてはなりません。
示談交渉を始めるのは完治後または症状固定後
まず注意すべきは、「示談交渉を早まらない」ということです。
被害者の側から急いで交渉を持ち掛けないということはもちろん、加害者側から持ち掛けられる交渉に対しても待ってもらうよう対応することが大切です。
人によっては事故直後の現場で示談をしようとしてくる方もいます。その場でお金を渡して「これでなかったことにしてくれ」などと言われる可能性もあります。
しかし示談交渉に応じるべきタイミングは「怪我が完治したとき」あるいは「症状が固定したとき」です。
仮に明らかな外傷や痛みを生じていなかったとしても、病院には必ず行くようにしましょう。事故直後は痛みを感じにくかったり後から症状が出てきたりすることもあります。そのため少なくとも病院には行くこと、そして怪我がある場合にはそれが完治してから示談交渉を始めるべきです。
また、症状が完全には消えないこともあります。いわゆる後遺症が残った状態を指しますが、このことを「症状固定」と表現します。後遺症がある場合には別途その損害分も請求することになりますので、損害額を確定するためにも症状固定を待つ必要があるのです。
後遺症が残ったときは後遺障害等級の認定を受けること
損害賠償請求をするには生じた損害の大きさが評価できなければなりません。この点、後遺症に関しては症状の程度・質によってある程度相場が決まっているのですが、症状の程度・質について定めた枠組みに当てはまることが認定されなくてはなりません。
この枠組みで考えるときの後遺症は「後遺障害」と呼ばれ、程度・質は「等級」で区分されています。そこで損害額を客観的な指標に基づいて評価し、示談交渉を始めるには、所定の手続を経て後遺障害等級の認定をまずは受ける必要があります。
いったん成立させると取り消すのは困難
被害者側が、十分に準備ができてから示談交渉を始めようと考えていても、加害者側がそれまで待ってくれるとは限りません。むしろ治療途中に示談の連絡が来ることが考えられます。
その場合、いったん引き下がってもらうよう対応することになるのですが、きっぱりと断る形で引き下がってもらうことが大切です。「よくわからないがとりあえず書類に名前を書いた。後日きちんと対処しよう。」といった対応を取るのは危険です。
いったん示談が成立してしまうと、後々取り消すのは困難だからです。
「よく見てみると、この金額では不十分だ」などと増額を求めることもできないと考えておくべきです。
保険会社が提示する過失割合を鵜呑みにしない
示談は当事者間での話し合いが基本ですが、必ずしも加害者本人とやり取りをするとは限りません。加害者が任意保険に加入しているのであれば、その保険会社が交渉の相手になります。
ここで問題になるのが、交渉力の差です。
保険会社は業務として示談交渉を行うのであり、組織としてノウハウが蓄積されており、知識を備えた人物が対応してきます。他方、被害者はたまたま法律に精通している人物でない限り基本的には示談交渉の素人です。そしてこのことを保険会社も理解しているため、不合理とまでは言えないまでもやや相手方に有利な金額を提示してくることが考えられます。
素人としては提示された金額が適正なものかどうか判断もできませんし、「これが相場です」と言われればそのまま信じてしまう方もいることでしょう。
しかし、そのまま相手方の言い分を受け入れないといけないわけではありません。
特に過失割合は争点となりやすいところ、提示された金額は保険会社の過失割合認定に基づいています。過失割合は保険会社の独断で決めるものではありませんし、この点も被害者側は争うことができます。
よって、すでに決まった事項であるかのように過失割合を示され、示談を持ち掛けられても、そのまま鵜呑みにしないように注意しましょう。
相場を知って交渉を持ちかけること
加害者側の言い分を鵜呑みにしないためにも、被害者自身がざっくりとでも損害賠償の仕組みと相場をしっておくことが大切です。
例えば損害の内容には、治療費や通院費といった実際に消費する「積極損害」、得られたはずが事故により得ることができなくなった利益分の「消極利益」などがあります。消極利益にはさらに仕事を休んだ分に関する「休業損害」と、将来分の利益にあたる「逸失利益」があります。
積極損害に関しては領収書等を見ればどれだけの損害が生じたのか容易に判断できます。しかし消極利益、とりわけ逸失利益に関しては実質的な評価をするのは簡単ではありません。身体的精神的な損害に対する賠償金を意味する慰謝料に関しても同様です。
そこで評価が難しい損害については一定の計算式が用意されており、客観的に評価できる指標を参考に具体的な損害額を導き出すことになります。ここで使われる指標とは、例えばこれまでの収入、年齢、後遺障害等級、通院・入院日数などです。
当然、通院・入院の日数が多くなるほど身体的精神的負担は増しますので、慰謝料額は増します。休業損害や逸失利益は労働力に関わるものであるため、これまでの収入の大きさは計算の基礎となりますし、後遺障害等級からは失われた将来の利益の大きさをある程度評価することができます。
相場をすべて理解しようとすると複雑な計算を要しますし、一般の方が対処するのは難しいかもしれません。しかし概要を理解しておくだけで「相場からかけ離れた金額で交渉されていないか」ということの判断ができるようになります。
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請求ができるようになれば早期に対応する
示談を急いではいけませんが、遅くなり過ぎてもいけません。
その理由としては、「消滅時効により権利が消滅するかもしれない」「証拠が散逸してしまう」ということが挙げられます。
事故直後の現場には多くの証拠が残っており、逆に言うと時間の経過により証拠は徐々になくなっていってしまいます。いつまでも対処せず放置していると正しい過失割合を認定することが難しくなるかもしれませんし、むやみに交渉時期を遅らせることのないように注意しましょう。
また法律上消滅時効という制度が設けられており、権利が行使できるときから一定期間行使しなければ、相手方は権利の消滅を主張することができるようになっています。
交通事故による損害賠償請求権は不法行為による損害賠償請求権と捉えることができますので、以下の規定に従うことになります。
第七百二十四条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
二 不法行為の時から二十年間行使しないとき。
つまり原則、①損害と加害者と知ってから3年以内、かつ②事故から20年以内という制限期間があるということです。
ただし人の命に関わる、あるいは怪我を負わせるような不法行為に関しては特例として①の期間を5年とする規定が置かれています。
第七百二十四条の二 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
よって、人身事故の場合には遅くとも、①損害と加害者と知ってから5年以内、かつ②事故から20年以内の請求が必要ということです。
示談金はすぐに受け取れるとは限らない
示談が成立しても、示談金がすぐに受け取れるとは限りません。そのため示談金を生活の頼りにするのなら注意が必要です。
保険会社にもよりますが、数週間から1月ほどかかることがあると理解しておくべきでしょう。
もし早く手に入れる必要があるのなら、「自賠責保険に仮渡金を請求する」か「自分が加入している任意保険の特約を利用する」ことを検討しましょう。
自賠責保険はそもそも被害者救済のための保険ですし、一度問い合わせて仮渡金を早急に入れてもらえないか相談してみると良いです。
任意保険の利用に関しては、自身で人身傷害補償などの特約を付けている必要があります。また、自分も車を運転していて一定の過失割合が認められる場合に限られるなど、特約が適用できる場面であるかどうかも見極めなければなりません。
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人身事故の示談交渉に対処する方法
人身事故後の示談交渉に対処していく上では、事故直後の冷静な判断と、早急な弁護士への相談、そして事前の特約への加入が大切です。
事故直後の情報収集と警察への届出
事故直後、大きな怪我を負っているときにはすぐに病院に行くか、救急車を呼ばなくてはなりません。
しかし自分で動く余裕があるのなら、情報収集に取りかかりましょう。事故直後でなければ保全できない証拠もありますし、加害者が立ち去ってしまうと請求先情報が得られないままになってしまいます。
そこで、「現場の状況をスマホ等で撮影すること」「加害者の連絡先を聞くこと」、そして「警察への届出」を行いましょう。
警察への届出に関しては加害者側からとがめられることがあるかもしれませんが、法律上の義務ですのできっちりと報告し、事故の内容も人身事故として報告しましょう。警察を呼ぶことには、実況見分調書を作成してもらえるというメリットもあります。民事上の問題を解決するために調書が作成されるわけではありませんが、過失割合の認定などに役立つケースがあるのです。
弁護士への相談
示談交渉にあたっての数多くの注意点を紹介してきましたが、これらはすべて弁護士に対応してもらうことで心配する必要はなくなります。
弁護士に依頼すれば被害者の代理人として示談交渉の窓口になってもらえます。十分な示談金が得やすくなりますし、交渉や各種手続に対する負担も軽減されます。治療に専念し、余計な心配事を抱える必要がなるため色んな面でメリットがあると言えます。
仮に示談では解決できず裁判を要するとなっても、弁護士がついていれば問題ありません。一貫してサポートしてもらうことができます。
弁護士費用特約への加入
弁護士への依頼で多くの問題が解決しますが、依頼する被害者としては弁護士費用が心配かもしれません。
そこで費用に関するリスクをなくすため、「弁護士費用特約」への加入を検討すると良いです。任意保険会社がオプションとして用意しているのであればつけておきましょう。万が一人身事故に遭っても、一定範囲内で自己負担なく弁護士に対応してもらえるようになります。